第87話    「黒鯛の湧き V」   平成17年12月04日  

前回黒鯛の湧きを経験したことがないと書いた。しかし、最近になってあれがそうではないかと思える事を、自分にもそんな経験が二度、三度あったことを思い出した。年は取りたくないものである(苦笑)

最初の出会いは昭和50年頃の晩秋である。それは11月の初旬の頃の話で南西からの強風で荒れ狂い、その為に外海は大時化となっていた。南突堤の旧灯台すべてが時々波に洗われ、見えなくなる事が度々あるほどの大荒れである。偶々前日使ったオキアミが残っていたので、長く取って置いても仕方がない。冷蔵庫に長く入れておくと家の山の神に叱られる。そんな訳で夕方雨が止んだのを幸いにグラスの少し硬目の中通し竿を持参することで何とか釣が出来ると考えた。風を多少背に受ける場所と思い、現在の南突堤の付け根付近にある作りかけの船溜に出かけた。当時は新井田川に面している場所はまだコンクリートの護岸はなく、石垣があった。その西の外れの岸に豆腐石が斜めに置かれている場所がある。そこは深さにして一ヒロもないような、何の変哲もない場所である。

普段はその豆腐石の上に乗って、夕方の日落ちに沖側で二歳の大きい物が釣れる事があった場所である。陸には別の豆腐石が23個置いてあり、多少風当たりが弱くなる。早くオキアミをなくして帰ろうと思い、多めにオキアミを溶かしてそのまま撒餌にして適当に手で投げ付ける。風がある為軽いオキアミは沖目に、中々飛んではくれない。そこで砂を混ませて、多少重めにして杓を使い投げ込む。この頃は、当地ではまだ市販の粉物のコマセなどは売っていない頃の話である。撒餌を撒いてから30分も過ぎた頃、最初のアタリが出る。26cmの小型黒鯛である。

風がより強くなり、コマセが飛ばない。そこで風下の豆腐石の右側に集中撒餌こませる。そこは半ヒロ足らずのごく浅い場所で、普段石垣の中ほどに座り篠小鯛(黒鯛の当歳魚)を専門に狙って釣る場所だった。海底は大小の女鹿石で敷き詰められており、石垣の上から釣る為に仕方なく丸ウキを付け30cmほど離し錘を重目につけた。その下にハリスを長く取って餌を放り込む。それからが、まれに見る入れ食い状態となった。硬いグラスの二間半の竿の曲がるのを見て、遠くからもギャラリリーが十数人集まった。たまにはそんなこともあっても良い等と思いながら釣る。幸いにして釣竿を持っている人はいない。

当地の晩秋の黒鯛には渡りと云う習性らしきものがある。特に海が大時化の時は、時々湾内にその群れが大挙して入って来る事がある。その小型の黒鯛の群れに当たったのである。この時は、夕方の日暮れの時間帯で遅かった事と風でポイントに中々届かなかったこともあり、2427cmのものが一時間足らずで三十数匹釣れて暗くなり終了となつた。あっという間の時であったが、実に久しぶりに堪能出来た時間であった事は云うまでもない。

その次は56年のこれも晩秋の事である。113日の文化の日である。この頃に海が時化ると毎年の様に北突堤の内側の曲がりと呼ばれる場所辺りから先数十mの間付近で主に30cm前後の渡りが群れで入って来る事が知られていた。その日の朝に北港で大釣れがあったと云う情報を聞いて、ここでも釣れている筈だと思い、10時ごろから従兄弟と三人連れで繰り出した。もうすでに曲がりから先は、50人位の釣り人で一杯である。手前の一番釣れそうな場所には三人も割って入る余地はない。仕方なく灯台近くの階段の少し先に陣取った。6.4m(三間半)のカーボンの中通し竿を取り出して、早速コマセを入れる。そしてしばらくすると左側から竿がしなるのを横目で見ていると、少し間を置いて自分の竿が海中に引きずり込まれた。釣れたのは30cmの見事な丸々と肥えた黒鯛である。

時々大波が防波堤の先端から内側に回りこみ自分たちの釣り座付近まで来るので釣づらいが、人より後から来たのだからそれもしょうがない。釣れているのを見ていると何故か、曲がりの付近から、順に釣れ始め、自分達の釣っている辺りで終わっているのが分かる。更に良く観察すると自分たちの右側にも何人かいるのだが、その人たちには殆どアタリがない。時間を置いて黒鯛の群れがこの一帯を順々に回遊しているのは確かである。渡りの習性なのだろうか?釣行の時間帯が遅かった為に、この尺前後の黒鯛は二時間ほどで自分が三枚、従兄弟が一枚づつの僅かに計五枚の釣果に終わった。この日ここでの最高が10枚で、せっかく釣れてもバラシテ釣果0の人も結構いたのだから、良しとせねばなるまい。この日から二、三日は、この場所で渡りの黒鯛が釣れていたが、パツタリと姿を消したと云う。そしてその後一週間過ぎての同じ時化の日に赤川河口でも同じ30cmクラスの黒鯛の湧きがあった事を後で聞かされた。例年この時期にこの北突堤で必ず渡りの湧きが起こるのは、前々から知ってはいたのだが、釣り人が多くお隣さんとのお祭りが必ずあったことから、それが嫌で釣に行く気がしなかったのである。その後何年か過ぎた、人の余りいない日に、同じこの場所で湧きに出会って十枚位の釣果がある。

この渡りについて、昔から色々な説がある。秋田県辺りから黒鯛が集まり群れをなして、南下して来ると云うのである。そしてその群れは偶々時化に出遭ったり、疲れを癒す為に大きな港や湾などに入って来る。その群れ当たった、運の良い釣人達は毎年大釣れしていたが、最近この湧きに当たったと云う話は聞いていない。黒鯛が少なくなって来たからだろうか?